延岡小学校の偉大な先輩方
100年以上の歴史をもつ延岡小学校からは、多くの先輩方が巣立ち、各界で活躍されています。中でも、歌人・若山牧水と空の先駆者・後藤勇吉、柔道会最高位の十段に昇格した磯貝一は延岡小を代表する先輩として、卒業生や在校生から慕われています。

若山牧水(わかやま ぼくすい)
明治・大正時代を代表する歌人 若山牧水は、宮崎県東郷町で生まれました。坪谷尋常小学校を卒業後、明治29年(1896年)11歳の頃に延岡高等小学校に入学しました。
その後、旧制延岡中学校(現宮崎県立延岡高等学校)を卒業する明治37年(1904年)までの多感な青春時代を延岡で過ごし、この間に歌を詠むようになりました。
代表作
○ なつかしき城山の鐘鳴りいでぬ幼かりし日ききしごとくに
○ 故郷に帰り来たりて先づ聞くはかの城山の時告ぐる鐘
○ 若竹の伸びゆくごとく子ども等よ真直ぐにのばせ身をたましひを
○ しら鳥はかなしからずや そらの青海のあをにもそまずただよふ
○ 幾山河こえさりゆかば寂しさの はてなむ国ぞけふも旅ゆく
○ けふもまた心の鐘をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く
○ ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ秋もかすみのたなびきてをり

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  宮崎県教育研修センターのページ
正面玄関にある歌碑です
後藤勇吉(ごとう ゆうきち)
後藤勇吉は、明治29年延岡市南町に生まれました。子どもの頃から空や機会に興味をもち、旧制延岡中学校を卒業して上京し、エンジンの研究や飛行機操縦の習得を行いました。
門川町で飛行技術を高め、帝国飛行協会の陸軍委託操縦生に合格しました。その後、第一次世界大戦に動員された後、各種飛行大会で数々の功績を残しました。大正10年には航空法施行による初めての一等航空士となりました。日本初の旅客輸送をはじめ、大正13年には4,000キロを連続9日間飛行して、初の日本一周飛行にも成功しました。
日向カボチャの空輸や、日本初の郵便飛行、大阪-ソウル-大連間の国際線開拓なども行い、日本の空の先駆者と呼ばれています。
昭和3年、飛行訓練中の墜落事故によりその生涯を閉じました。
延岡小学校では、毎年行われる「後藤勇吉慰霊祭」に4年生が参加しています。

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事務室前にある胸像です
磯貝一(いそがい はじめ)
磯貝一は、1871年(明治4年)延岡藩士の子として生まれました。18歳で延岡をあとにし、明治24年講道館に入門しました。
「磯貝の柔道に休息なし」といわれるように精進を続け、昭和12年柔道界最高の十段位を授けられました。明治、大正、昭和の50年にわたって講道館柔道の礎を築き、 その普及発展に生涯をささげました。

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  宮崎県のホームページ「宮崎の101人」

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